歳をとっていくタレント 

2013年10月17日 / by non02

雨の日の憂鬱感というのは一体、どこからやってくるのでしょうか。外に出るときはもちろんですが、家の中にいるときもそれは感じるものです。
ザーっという音の中に埋もれていくような不思議な感覚。感傷に浸ってしまうような不思議な感覚。
雨には不思議な力があるのかもしれないなぁ。だって、信じられないくらいたくさん水が落ちて来るわけだし。人間じゃ相当なエネルギーを使わないとできないようなことをやってしまう。すごいな、自然現象。なんて思ってしまいます。
そんなすごいものであるし、人も少なからず影響を受けるものであるのに、他にも不思議なのは雨がなかなか描けないものであるということです。
そもそも、雨は見えているもののようでいて、見えていないような気がします。
向こうの方の視界が悪くなるから気付くものであるような気もします。
夜に街灯や車のヘッドライトの光を反射しているときは実感しますが、それ以外のときはどう描き表わしたら良いのか。
雨っていうのは本当に、実態のないような不思議さを持っているなぁ、とぼんやり考えたりするのですが、よくよく考えてみると、それは雨が不思議なわけではないのかもしれません。
それを不思議だとか感じているのは自分なわけで、憂鬱感を持つのも自分です。
だとすれば、本当に不思議なのは自分、もしくは人間なのかもしれません。
ということは、これからは「雨って不思議だなぁ」とは思わずに「人間って不思議だなぁ」と思いながら雨を眺めなければならないかもしれませんね。でも、それは、すごく変なことのようにも思います。
変と感じるのも人間の不思議なのか、そもそもなんで変と感じるのか。そんなことを考えているとキリがなくなってしまいそうですが。
とりあえず、今、言えることといえば、「それでも私は、雨って不思議だなぁ」と思ってしまうんだろうなぁ、ということです。

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